コワーキングスペースは生産性が低下する?チームの生産力を高める公式とは

従業員が働きやすい仕事環境をつくるべく、オフィス移転、オフィス改装を実施する企業は少なくありません。そうしたオフィス改革のトレンドの一つが「オープンオフィス化」です。

シリコンバレーなどアメリカ西海岸、また日本でも、IT業界を中心に多くの企業がフリーアドレス制を導入し、メンバー間の双方向のコミュニケーションを活性化させることで、組織的に生産性向上を促進しようとしています。

しかし——。そうした仕事環境の過度なオープンネスが、実は、そこで働く人たちの集中力を低下させ、かえって生産性を低下させてしまうリスクがあることは、あまり知られていないのではないでしょうか?

ただでさえ、SNSなどによって注意が散漫になりやすい現代。仕事環境を開放的にしすぎる風潮に代わり、近年提唱されているのが「ディープワーク」というコンセプト。一人きりになり、集中力が高まる静かな環境で、知的生産のパフォーマンスを高めようという考え方です。

ディープワークの意義、それを個人、そしてチームで取り入れていくためにできることとは——。ディープワークを実践する、企業のBtoBマーケティングを支援する株式会社才流の代表・栗原康太さんに、お話を伺いました。

才流


 

PROFILE
栗原康太:株式会社才流 代表取締役社長
1988年生まれ、東京大学文学部行動文化学科社会心理学専修課程卒業。2011年にIT系上場企業に入社し、BtoBマーケティング支援事業を立ち上げ。事業部長、経営会議メンバーを歴任。2016年に「才能を流通させる」をミッションに掲げ、経営者・事業責任者の想いの実現を加速させる株式会社才流を設立し、代表取締役に就任。アドテック東京などカンファレンスでの登壇、宣伝会議・広報会議など主要業界紙での執筆、取材実績多数。


 

聞き手には、同じくディープワークの実践を模索中というガイアックス社の管大輔さんをお迎えしました。

オープンオフィスじゃないほうがいい? 実際にある弊害とその根拠

——多くの企業がオープンオフィス化を進める中、栗原さんはディープワーク実現のため、違うやり方を実践されているそうですね。

はい、ディープワークとは、人が集中し、脳がカオスではない状態できちんと働くことで、お客さまへの価値提供を最大化できている状態のこと。

しかし、コワーキングスペースのようなオープンオフィスについてはすでに、いくつかの調査で「生産性やチームワークにマイナスに働く」ことが明らかになっています。うちもオフィス移転の際、いくつかのスペースを見てみましたが、やはり選択肢から外しました。

オープンオフィスの弊害として、分かりやすいビジネスシーンを挙げるとすれば、例えば、隣のデスクに誰かがいると、その人のことを気にしながら会話しないといけなくなること。その時点で、思考は純粋なモノではなくなってしまいます。

特にうちはコンサルティングビジネスです。コンサルタント同士、お客さまの事業についてよくディスカッションをするのですが、その都度いちいち周囲に気を配らないといけないとなると、毎回いい話し合いになるとは限りませんし、少なくとも生産性は落ちてしまいます。

——それは私も実感するところです。解放されている場だからといって、わが物顔で大きな声で話したり、英会話教室などクローズドな会を開催し始めたりするのは違う。パブリックとプライベートの線引きは、オープンオフィスの難しさです

しかしこれからは、コンサルタントにかぎらず、多くの人にとってディープワークが重要になるのは間違いないと見ています。IT、AI、ロボットの浸透で、いわゆる「作業」みたいなものは減っています。その代わり、増えているのは「考える」時間。頭脳戦ですね。

にも関わらず、現代人は「シャローワーク(知的思考を必要としない、注意散漫な状態でなされる作業)」に疲れている気がしていて。あれだけチャットの通知が来て、スマホがポケットに入っていたら仕方ないのかもしれませんが。

才流 代表取締役社長

僕は、あらゆるモノごとについて、迷ったら「人類が昔からやっていることか」を判断軸にするようにしています。うちはリモートワークを取り入れていないのですが、それは4000年前から人は集まって議論しながら、物づくりをしていたから。

オープンオフィスについても同じです。歴史的に見て、著名な画家・作家などクリエイティブワークを行う人は、自分のアトリエ・書斎を持って、自分一人で作品をアウトプットしてきたわけじゃないですか。

それは近年にも通じるところはあって、いいアイデアが生まれる場所——例えば、大学の研究室なんかも、オープンスペースと、研究者一人ひとりに割り当てられる個別の部屋とがあります。それは、知の探索と深化とでは仕事の性質が異なるから。仕事の性質が異なるなら、それらを行う環境も異なる必要があるのでしょう。

ただ、ディープワークを設計する大前提として、働く人にとってどんな仕事環境がよいかは、その人が所属する組織のビジネスモデルにもよるのだということです。

うちはコンサルティング会社で、社内にはコンサルタントしかいません。彼らのアウトプットの質は、思考やアイデアの質が左右します。ですから、一人ひとりの頭が冴えている状態を保つ必要性が高い。裏を返せば、頭が冴えていないと業績が下がる。だから、ディープワークが重要なんです。

もしうちが、エンジニアリングの会社だったとしたら、エンジニアが座る椅子に投資していたかもしれません。それが、業績に直結するインパクトのあることだからです。

才流 代表取締役社長

「労働時間」×「集中力」×「継続日数」がチームの生産力を決める

——ディープワークの時間を確保するため、どのような工夫を行っていますか。

まず、オフィスの立地からこだわっています。うちは東京・神田にあるんですけど、それにも理由があって。神田駅っていろんな路線につながっているんです。山手線、京浜東北、中央線・・・。さらに徒歩圏内にある隣駅を含めれば、7路線くらい。移動時間を極力削減するためです。コンサルタントが移動したからといって、生産性は上がりませんから。

また、最近導入してよかったのが「fondesk」という電話代行サービスです。オフィスの電話が鳴ることでコンサルタントの集中が途切れないよう、彼らが電話に出なくて済むようにしたんです。4000年前は電話なんてありませんでしたし(苦笑)。今では個人のスマホでも、電話代行サービスを使っています。宅配の連絡や不動産会社からの営業電話もLINEとSlackに転送しています。

才流 代表取締役社長

より本質的なこととしては、うちは創業4期目ですが、創業以来残業はほとんどありません。そして水曜日の15時以降は休みにしています。それができるよう、会社として引き受ける仕事の量、メンバーの業務量をコントロールしているんです。

一人ひとりの生産性を最大化することを考えたとき、「週5日」って働きすぎなんじゃないかと思っていて。スポーツ選手も、2日練習したら1日休む、みたいに平日、5日間連続でトレーニングしたりしないじゃないですか。

それに、世界的な作家やミュージシャン、人よりも多くの論文を書く研究者も、決して1日中稼働しているわけではない。作家の村上春樹さんは1日に4~5時間しか執筆作業をしないそう。あとは運動をしたりして、また次の日に脳が最大限働くようゆっくり過ごすんだそうです。

そうやって、時間は短くても、高い集中力、濃い密度で、長期間に渡って続ける。これがハイパフォーマーの共通点かもしれません。

才流 代表取締役社長

これまで、組織の生産量って、「労働時間」を増やすことで増大させていた部分は大いにあると思っていて。ですが、今後、特に知的生産においては、「労働時間」×「集中力」×「継続日数」という公式が鍵になると考えています。

例えば、一般的な企業において「労働時間」は1日8時間ほど。仮にハードワークな企業で16時間働いたとすれば、2倍超の差を生み出します。

しかし、「集中力」を0〜100%で考えると、もし長時間労働で寝不足のまま働けば、最悪の場合、2%くらいしか集中力を発揮できないこともあります。一方、ディープワークができているときは、集中力が90~100%になる。集中力の変数は振れ幅が大きいんです。

そして、「継続日数」。1日20時間働いて、「集中力」が100%だとしても、3日で辛くなって会社を辞めたとしたら、かけ算の総量は少ないまま。だったら、「労働時間」も「集中力」も適度でいいから、5年、10年と継続日数を増やすほうが圧倒的にいいでしょう。

ベンチャーなんか特にそうですけど、ハードに長時間働いているチームって、一人ひとりの「集中力」は低いし、社員は辞めるしで、結果的に「継続日数」も短くなりやすい。

才流 代表取締役社長

ある調査では、その会社に長く勤めるマネジャーのいるチームのほうが、そうでないチームと比べてパフォーマンスが高いという結果も出ています。それは業界固有の知識や深い専門知識が身につくからこそ。「継続日数」はバカにできないんです。

ビジネスの世界でも、歴史に残る偉業を成し遂げた人は継続的にアウトプットをしています。あのピーター・ドラッカーも、死ぬまでに大量に本を書いて、その中から『マネジメント』や『プロフェッショナルの条件』などの名作が生まれたんですよ。

ディープワークを阻害するのは、マネジャー自身の「子供扱い」意識

——ディープワークを取り入れようとしても、難しい面もあると思います。例えば、「会議だけで1日が終わってしまう」というマネジャーはどうすればよいでしょう。

なぜ、会議が増えるのかを考えたことはありますか? それは、過度にリスクヘッジをしようとするから。それで、念のためすり合わせをしておこう、ってなるんだと思います。

根本的には、一緒に働く人のことを子供扱いしているのではないでしょうか。会社の方針変更を個別に伝えないと納得してくれない、「見ているぞ」って伝えないとやらないんじゃないかって心配になっちゃう、みたいな。そうやって、だんだんと過保護になっていき、会議や余分なコミュニケーションが増えていく……。

でも、20歳をすぎたらもういい大人なんだから、メンバーにはルールの枠組みの中で、その場その場で自分で判断してもらって、それでもしダメだったら、そのときは一緒にリカバリー策を考えたらいい。他の人を大人として扱っているか否かで、会議の数は決まると思います。

多くの人は、「誰にどう伝えようか」を考えて、「波風立たないように」って気にするじゃないですか。Aさんには言うけど、Bさんには言わない、Cさんには100あるうちどこまで伝えるべきか、とか。そんな調整のためにまた会議が発生する・・・のは、子供扱いの最たる例ですよ。

才流 代表取締役社長

——最近は「雑談が大事」という風潮もあります。これはディープワークに逆行しませんか。

雑談は大事ですよ。雑談の有用性は、組織に幅広く情報を流通させて、組織の生存確率を高めることにあります。

進化生物学には、一見、ものすごく非生産的に見える雑談が、集団内の掟を破る人や外敵の存在に気づくために欠かすことのできない情報伝達手段だった、という説があります。

例えば、「今日のKPIは達成できたか?」とか、自分たちのことばかり内部で話していると、競合や顧客の動向など外部の情報が入ってきづらい。そういう情報は噂話のようなランダムな会話から入ってきて、その結果、生存確率が高まると思うので。

それに、人間は昔から雑談するようにできているので、やはりあるべき姿だと思います。だから、人に話しかけられて、「すみません、今ディープワーク中なんで」とか過度に雑談をシャットアウトするのは、おかしいのかなと。雑談は、いい、悪いではなく、程度の問題です。

ディープワークの始め方。鍵はビジネスモデルとの整合性

——ディープワークを取り入れたい場合、どういったことが手がかりになるでしょうか。

個人として取っ掛かりやすいのは、朝の時間にディープワークの時間を集中させることです。早く起きて、まわりに人が誰もいない早朝に出社し、エネルギー値が高い午前中はアポを入れない。うちは10時出社なので、僕は7時にオフィスに行き、3時間ディープワークをしています。

そして、席に着いたらまず、「モーニングジャーナル」を行います。昨日はなにを感じて、今はどんな状態にあって、今日はなにをやろうか、と書きだす。これをすると、頭を冴え始めるんです。他の人が出社してからだと難しいんですが。

ノート

組織として取り入れる場合、ユニークなところだと、Webアプリケーションを手がけるBasecamp(元37Signals)は、業務時間中、他の人に話しかけちゃいけないルールがあるらしいですよ。Aさんに聞きたいことがあれば、Aさんのカレンダーを見て、次に予定が開く、木曜日の15時に予約を入れる。その日時にならないと聞けない、といったように(苦笑)。

Basecampは普段の連絡はすべてメール。チャットじゃないらしいです。チャットだと、自分の思考、相手に伝えるべきことをきちんと精査、整理せず、雑な感じでも送れてしまう。そんなすばやいコミュニケーションが弊害になることもあるということです。

Basecampがこんな極端なやり方をしているのは、同社がエンジニア集団で、ほぼ全員がまとまった時間、ディープワークをする必要があるからでしょう。うちはお客さまと多頻度でやりとりをして、すばやく意思決定して、施策をどんどん試したほうが成果が出やすくなる。だから、チャットコミュニケーションを使うほうが合理的なんです。

やはり、ディープワークの取り入れ方は、その会社のビジネスモデルによります。チームの生産性が低く、仕事環境がどこかうまく行っていないとしても、なにか一つを変えるというより、企業として提供価値を最大化するためのいろんな条件の集合体として捉え、ビジネスモデルレベルから整えていく必要があるでしょう。

才流 代表取締役社長

(取材・文、管大輔/水玉綾、企画・編集、岡徳之、撮影・ 伊藤圭)

"未来を変える"プロジェクトから転載(2019年8月8日公開の記事)