紅白で話題「AI美空ひばり」の“中の人”の1社が語る「デジタルヒューマン」の可能性

ツイッターアプリスクリーンショット

AI美空ひばり登場直後のTwitterのトレンド欄。

出典:Twitter

階段状のステージの上に現れた美空ひばりさんの姿に、年の瀬のお茶の間はどんな感想を抱いただろうか。

年末の恒例番組、NHK紅白歌合戦。2019年末の紅白の目玉の1つは、国民的歌手として今なお親しまれる故・美空ひばりさんをAIとCGで復活させた「AI美空ひばり」の“出演”だった。ステージに登場したときには、Twitterを始めとするSNS上でも話題となった。

エンターテインメントとしての注目度も高いが、このAI美空ひばりの誕生は、テクノロジー的側面でも「デジタルヒューマン」の方向性を決定づける可能性を秘めている出来事だ。

遺族の心も動かす「デジタルヒューマン」の技術

AI美空ひばりの3Dモデル制作の様子

AI美空ひばりの3Dモデル制作の様子。

画像提供:stu

AI美空ひばりは、ディープラーニング(深層学習)の手法を使って、過去の音源や音声ファイルなどから、歌声、歌い方の特徴を再現するヤマハの「VOCALOID:AI」が採用された。そのため、アップルの「Siri」やアマゾンの「Alexa」などの音声アシスタントのように、声に反応してAIが返答をする、といったタイプのAIではない。

とはいえ、ディープラーニングによって美空ひばりさんの声だけではなく、間の取り方や抑揚などを含めた歌い方をコンピューターが再現しているという点で、単に音を並べただけでない自然な歌い方になった。2019年9月にNHKスペシャルで開発過程やお披露目のシーンが放映された際には、遺族らの心も動かす再現性だったようだ。

この歌に加えて、人物の動きをモーションキャプチャーしてCGを重ねることで、美空ひばりさんの姿も再現。紅白では、それを4K映像でステージ上に映し出すことで、あたかも美空ひばりさんが紅白のステージに復活したような演出がなされていた。

モーションキャプチャの様子1

人間から顔の動きを読み取るフェイストラッキングの現場のイメージ(AI美空ひばりの開発現場とは異なります)。

画像提供:stu

モーションキャプチャの様子2

人間の顔の動きと3Dモデルの顔の動きが連動している様子のイメージ(AI美空ひばりの開発現場とは異なります)。

画像提供:stu

こうした「人の再現」は、人工知能研究の分野では「デジタルヒューマン」と呼ばれる

今回の「AI美空ひばり」を支えていた企業の1社が2018年に設立されたstuだ。実は同社に所属する複数のクリエイターはstu設立前に、X JAPANの故hideさんを同様に再現。海外でもマイケル・ジャクソンさんのデジタルヒューマン化に取り組んでいる。

忌避感や権利、さまざまな問題もある

AI美空ひばり

NHKのプロジェクトとして、AI美空ひばりはスタートした。

出典:NHK

この世を去ったアーティストの“再現”は「エンターテインメントの新たな方向性として大きい」と、stuの副社長・今村理人氏は言う。二度と聴くことができない歌声やその姿が改めて目の前に現れるのは、非常にインパクトがある。

しかし、そこにはさまざまな課題もある。

故人の再現には倫理面の是非を問う声のほか、(AI美空ひばりは問題なくクリアしているが)権利面の課題がある場合もある。また、生身の人間は歳を取ることでの変化もある。例えば「全盛期」と「晩年」で歌声も歌い方も異なる。どこを切り取るのか、何を「本人」と定義するか。これも大きな課題だ。

黒田貴泰氏

stu社長の黒田貴泰氏

撮影:小山安博

stuのCEO・黒田貴泰氏は、故人の再現については「遺族の希望」を1つの鍵とする。hideさんの場合、生前の段階で「バーチャルな人物としていつかよみがえる」ことを予言していたほどで、美空ひばりさんなども遺族の了解もあって実現できた企画だった。

「本人」の定義は、アーティストの場合、音源が豊富にあるため、歌い方や話し方の再現が可能だ。映像も多く、その人らしい歌い方の再現も不可能ではない。経年による変化も比較的カバーしやすい。

どの年齢の時代を再現するか、というのは、遺族などの希望にもよるのかもしれないが、それがエンターテインメントとして成立するのか、成立させることが可能なのか、といった問題は根深いだろう。

しかし、デジタルヒューマンの目的は「故人の再現」だけではない。Siriなどの音声アシスタントは人間味を出そうと様々な工夫が行われてるが、そこには「姿」がない。今村氏は、「人が次に見たいのは表情」と指摘する。

デジタルヒューマンに「中の人」はいない

今村理人氏

stu副社長の今村理人氏。

撮影:小山安博

そのためには、人の姿や動きを再現する必要がある。単に動きをプログラミングするのでは、デジタルヒューマンにならない。デジタルヒューマンの定義は「中の人がいないこと」(今村氏)だ。AIが判断して話し、AIが動きを制御するのがデジタルヒューマンだ。

その点では、現時点で故人の再現でもデジタルヒューマンは完成していない。現実的に故人の思考や行動を学習するのは難しい。AIを備えたキャラクターが自律的に活動する方が、デジタルヒューマンの実現性としては近いだろう。

バーチャルなキャラクターとしては、VOCALOIDを活用した初音ミクも存在しているが、こちらは「中の人(VOCALOIDであれば、作曲する人)」の存在が重要だ。それぞれが自分の望むようにキャラクターを想像できることが、初音ミクの魅力の1つでもあった。

また、昨今話題に挙がることも多いVTuber(バーチャルアイドル)は、キャラクターの個性が重要となるが、こちらも魂とも言うべき「中の人」が不可欠だ。

それに対してデジタルヒューマンは、AIが対話や動きを担当するため、中の人が存在しない。こうしたデジタルヒューマンへの試みは、いまだ技術的にも社会的にも難しい問題をはらんでいるが、新たなエンターテインメントの可能性を秘めている。

AI後進国の日本だが希望はある?

AI美空ひばり

AI美空ひばりの3Dモデル。

画像提供:stu

「日本人はキャラクターの記号化に慣れている」(今村氏)ため、生み出されたキャラクターが完全に人間を模していなくても、それを人間と認められやすい。キャラクター性の強いアバターが市民権を得ている日本では、人間のように活躍できる土壌が海外と異なる可能性はあるだろう。

今村氏は、AI技術で出遅れた日本にとって、デジタルヒューマンが一つのビジネスチャンスになるのではないか、と見る。

AI美空ひばりは、紅白歌合戦に登場したことで、多くの日本人の目にとまった。リアルに故人を再現したその存在感に対して、ネット上では賛否両論あり、その「正解」はそう簡単には定まらないかもしれない。

ただし、いま生きているアーティストにとっては、自身が(SFの世界ではなく)死後に再現される可能性をリアルにイメージできるようになった意義は大きい。「自身を死後によみがえらせる権利」また逆に「死後によみがえらせない権利」の議論をはじめる土台として見れば、今回の紅白以上のイベントはそうそうない。

デジタルヒューマンがどう発展していくのかは技術的側面・社会通念的側面それぞれで今後も注目していきたい。

(文・小山安博)


小山安博:ネットニュース編集部で編集者兼記者、デスクを経て2005年6月から独立して現在に至る。専門はセキュリティ、デジカメ、携帯電話など。発表会取材、インタビュー取材、海外取材、製品レビューまで幅広く手がける。

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