EVスタートアップのカヌー(Canoo)はサブスクリプション限定のサービス展開で勝機をつかもうとしている。
提供:Canoo
- 電気自動車(EV)スタートアップのカヌー(Canoo)のビジネスモデルは、自動車産業のこれまでのデザインや販売戦略とは大きくかけ離れたものだ。
- 同社がリリースする新車種はテスラの「モデル3」より全長が短いのに、ホンダ「オデッセイ」より室内空間が広いという。
- カヌーはこの新車種について、販売やリースを予定しておらず、サブスクリプション契約のみ提供する。
EVスタートアップの多くが内燃機関の撲滅を目指しながら、ある面では自動車産業の伝統や慣習にしばられてきたことは否定できない。
テスラ車は電気で駆動するけれども、車体はガソリン車のそれとあまり変わらない(2019年11月に発表された「サイバートラック」は例外)。リビアン(Rivian)やルーシッドモーターズ(Lucid Motors)といった競合にも同じことが言える。
一方、カヌーのやり方は他の自動車メーカーとはまったく異なる。
同社が発表したデビューモデルのフォルムはほぼ左右対称で、各メーカーの販売特約店で目にする従来型の車両とは似ても似つかない、むしろローフブレッド(切る前の食パン)に近い。
しかも、2022年にリリース予定のこの新モデル(社名と同じ「カヌー」)に乗る唯一の方法は、契約翌月以降いつでも解約できるサブスクリプションのみだ。
カヌーは社名を冠したこのデビューモデルを、ステーションワゴンやミニバン、SUV(多目的スポーツ車)など、より多くの人や荷物を載せられるラインナップの新展開と位置づけている。
その核心にあるのは、フロアパンの下にEVを駆動させるすべての要素が格納された、フラットでコンパクトなプラットフォームだ。
カヌーが採用するプラットフォーム(いわゆるスケートボード設計)のイメージ。
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そうしたデザインはEV業界では「スケートボード」と呼ばれ、室内空間をより広く確保することができる。カヌーはスケートボードを採用した新車種について、テスラのEVセダン「モデル3」より全長が短いのに、ホンダのミニバン「オデッセイ」より室内空間が広い、と表現する。
カヌーのウルリッヒ・クランツ最高経営責任者(CEO)はこう説明する。
「カヌーの設計はある意味で、ポストSUV時代を志向していると言える。電動パワートレイン(動力伝達装置)の搭載によって、本当に大きな室内空間を確保できるようになった」
スケートボード・プラットフォームの採用により、カヌーは従来型の室内レイアウトを抜本的に見直すことが可能になった。
後部シートは半円状に配置され、前後部のトランクを補完する形でシートエリアにも荷物スペースを確保した(ガソリン車でエンジンが配置されていたスペースは、多くのEVでは収納に使われている)。
韓国の現代自動車(ヒュンダイ)はカヌーの取り組みに注目し、今年2月に共同開発契約を結んでいる。カヌーのクランツCEOによれば、同社はほかに3社との契約締結に向けて交渉中という。
販売特約店を重視した小売りモデルから脱却
カヌーのデビューモデルの室内空間。荷物をシート部分に置く使い方も想定している。
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自動車の購入やリースに代わる選択肢を用意するのはカヌーが最初というわけではない。米ゼネラル・モーターズ(GM)や独メルセデス・ベンツ、米フォード、独アウディも、一部でサブスクリプションサービスを試験導入しているが、その結果はさまざまだ。
GMが2017年に始めた定額制の乗り換えサービス「ブック・バイ・キャデラック」は翌18年末で一時休止。フォードは傘下のサブスクサービス「キャンバス」を2019年に売却した。ベンツの定額制「ベンツ・コレクション」はこの夏にサービスを終了している。
そうした他社の挫折にもかかわらず、カヌーはサブスクリプションモデルが大きな成長を遂げ、従来型の自動車メーカーの4倍(1台当たり)の利益を生み出すと予測する。
クランツCEOはカヌーの強みをふたつ挙げ、ひとつは「耐久性」だとする。設計と素材のおかげで平均的なガソリン車より寿命が長い。もうひとつの強みは、販売とリースを柱とする販売特約店重視の小売りインフラを必要としていないこと。この両者によって、カヌーは魅力的な価格でのサブスクサービスを実現できる。
伝統的な自動車メーカーは、車両の価値が減少するスピードが速いため、月額料金をどうしても高く設定せざるをえない(自動車購入関連サイト「エドマンズ」の2020年8月の販売データによれば、平均して1年後に28%減、3年後には37%減)。
例えば、アウディのサブスクリプションサービス「アウディセレクト」のケースを考えてみる。
新車のセダン「Q7」は5万4950ドル、これを3年後に中古市場で売却すると3万4619ドルと、37%も価値が減少するので、アウディは差額の2万331ドルをわずか3年間でサブスクユーザーから回収する必要が出てくる。同じことはリース契約にも言える。
「リース料金が高くなる理由がこれだ。従来型の自動車メーカーは3年後の価値下落を想定してサービスを展開する必要がある。もし価値の下落が7年、10年、12年とかもっと先の話なら、月額料金はずっと安く設定できる」(クランツCEO)
カヌーは2022年に市場投入するモデルを新車であろうが中古車であろうが販売する計画はない。
クランツCEOによれば、毎年少しずつ価値の減少が進むので、10〜12年は現役でサブスクリプションサービスに使えるという。その点、一気に価値の下落が進む中古車市場のダイナミクスとはまったく異なる。
もしカヌーが最初の3年間で回収する必要があるのが、新車時の価格の25%(1台当たり)だとすれば、従来のサブスクリプションやリースは37%を一気に回収する必要があったわけだから、当然、ユーザーに課金する月額料金もそれだけ安くて済む。
カヌーのデビューモデルの室内空間。ガソリン車のエンジン部分が必要ないので、シート部分をU字型にして広く活用できる。
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新たな時代に合わせて自動車産業を改革しようというカヌーのビジョンは、特定買収目的会社(SPAC)ヘネシー・キャピタル・アクイジションⅣの目にとまった。
ヘネシーは「リバースマージャー」(=未上場の企業が上場済みのブランクチェック企業を買収して株式公開する手法)によって、カヌーを2020年下半期に上場させることで合意に達している。
SPACを通じた株式公開はEVスタートアップの間でも常套手段として使われるようになっている。この手法がカヌーにとって魅力的に移る理由は明白だ。つまり、2022年にデビューモデルを市場投入するまでに投資家からの資金調達を何度もくり返す手間が省けるというわけだ。
「ヘネシーのようなパートナーが財務面でのリソースを一度に提供してくれたことで、より容易に、より早く、カヌーを市場投入できるメドが立った」(クランツCEO)
現在、デビューモデルのリリースに向けて絶賛注力中のカヌーだが、第二弾となる配送向けバンの開発もすでに始まっている模様だ。
(翻訳・編集:川村力)