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AIでより豊かな音楽体験をーヤマハが追求する人と音楽の未来像

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「人々に豊かな音楽体験を提供する」というミッションのもと、近年はAIを活用した技術の開発にも注力している、楽器業界のリーディングカンパニー、ヤマハ株式会社。

最近では往年の歌手、美空ひばりの現存する音声や映像素材から本人を再現した、NHKのプロジェクトへの協力も記憶に新しい。

今回取り上げるのは、1982年に亡くなったカナダの伝説的ピアニスト、グレン・グールドの演奏技法の再現を実現したAIシステムの開発プロジェクト『Dear Glenn』。同プロジェクトを手掛けたマーケティング戦略部主事の嘉根林太郎氏に、ヤマハが未来に提供したい音楽の価値について伺った。

テクノロジーで、あらゆる演奏者に貢献したいという思いを具現化する

ーーまずは『Dear Glenn』のプロジェクトでAIに着目したきっかけを伺えますか?

嘉根:今回のプロジェクトの技術を担当しているAIエンジニア前澤の思いがAIを活用したプロジェクトのスタート地点です。その思いとは「自宅でいつでも一緒に楽器を弾いてくれるパートナーがいたらいいな」というもの。

当社はすでに自動演奏、自動伴奏機能を搭載した電子ピアノを製品化していますが、先進的な技術を用いることで、もっとインタラクティブな演奏体験を実現できないか、ということでAIにも着目し、研究開発に取り組み始めました。

ーー約30年前に亡くなったカナダのピアニスト、グレン・グールドの演奏表現を再現したプロジェクトとなっていますが、なぜ彼が選ばれたのでしょうか?

嘉根:グレン・グールドはカナダ出身のピアニストで、主に1940年代から60年代にかけて活躍しました。その名が世界に知れ渡るきっかけとなった『ゴルトベルク変奏曲』などJ.S.バッハの演奏においてきわめて高い評価と功績を残した人物です。

彼はキャリアの途中で演奏会の公演を引退し、表現の場をレコードやラジオなどに移しました。また、テクノロジーの分野(特に録音)に非常に関心が高かったんです。晩年はヤマハのピアノで演奏してくださったというご縁もあったことなどから、今回の案件に親和性があるのでは、ということでプロジェクトとして立ち上げることになりました。

そして、当社の現地法人を通じてグレン・グールド財団にオファーしたところ、非常に前向きにプロジェクトを評価いただき、最終的に承諾を得てプロジェクトをスタートすることができたんです。

ーー故人であるグレン・グールド氏の演奏表現を再現することの意義をどのように捉えられていますか?

嘉根:立ち上げのフェーズで我々が共通意識として共有したことは、ヤマハの新しいテクノロジーを活用を通して、音楽文化への貢献、現代の音楽家をインスパイアし、今後より良い音楽を作り続けていけるような未来を提示したいという思いです。

故人含め現代に生きる演奏家の演奏技法を音源としてだけでなく、その表現手法を体現するフィジカルなアプローチでもアーカイブできたら、よりディープな価値を提供できるのではないかと考えました。

『Dear Glenn』で開発したAIは、譜面さえ与えれば、基本的にはどんな楽曲でもグレン・グールドのタッチやテンポなどの音楽表現を踏まえて演奏することができます。ある譜面をAIに読ませた時に、AIがどう解釈して弾くか。そこで奏でられる音色は、聴き手に何かしらのインスピレーションを与える力があるのではないかと。

これはある演奏家と今回のAIでアンサンブルを演奏させた時のエピソードですが、演奏の最中に演奏家が「あれ? 今グレンはどのように弾きたがっているの?」と尋ねてきたので、演奏を中断してAIの演奏を聞いて確認する、というようなやり取りが交わされたんです。まさにAIと人との共創だと感じたシーンでした。

ヤマハがAIで新しい音楽の未来を追求していく必然性を示す

ーー御社がこれまでAIの取り組みで得られた課題点はどのようなものでしょうか?

嘉根:『Dear Glenn』を例にしますと、課題の面では細かい点を挙げるとキリがありませんね。

彼の全ての演奏を学習させた時に音楽的に破綻しないかどうか、などといった技術的な課題。それから彼の演奏の特徴として、弾きながらハミングをするのですが、それが再現されていないということでツッコミを受けたこともあって(笑)、そうした〝彼らしさ〟をどこまで表現するかという点も課題です。精度を高めていく余地は多分にありますね。

ーー逆に成果としてはどのようなものが得られたと感じられますか?

嘉根:そうですね、プロモーション的な側面でひとつ挙げると、2019年9月にオーストリアで開催された国際的なメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ」に招待作品として展示させていただきました。フェスティバル内の1テーマにAI×音楽が設けられていて、このプロジェクトは注目イベントとして数ある出展作品の中からピックアップしていただきました。

現地では、ドキュメンタリーフィルムの放映や、コンサートを実施。おかげさまで非常に注目していただき、主催サイドの関係者から好評を得ることができたことに加え、当社の取り組みが世界各国に知っていただけるというまたとないチャンスにも恵まれて、大変貴重な経験となりました。

国内でも、東京ミッドタウンで2月20日から「未来の学校祭」というイベントが開催されるのですが、そこで、アルスエレクトロニカと同様の展示を実施する予定です。

ーー今後、AIの取り組みを通じてどのような音楽の未来を実現したいとお考えですか?

嘉根:楽器メーカーとして、最終的には良い音楽を奏でていただいて、そこから良い音楽体験を得ていただく。また、その提供価値を世の中に提示するべく、役割を果たしていきたいと思います。

今は、これまで手がけてきたAIプロジェクトで、世の中にそこから創出される価値観を提示するフェーズを経て、次にどういうステップに進もうか、というところです。既存のプロジェクトの精度を高めていくのか、はたまた社会実装するべく具体化させていくのか、などいろんな方向性がある状態。

個人的なアイデアとしては、今生存している音楽家のアーカイバルデータを本人とコミュニケーションを取りながら作成してみたいなと。その場合、どういう観点でアーカイバルデータを作れば良いのかとか、故人とは違った観点で取り組む必要があるでしょうが、より精度の高いデータを後世に残せるのではないかと思っています。

当社が主眼に置いているのはあくまでも〝人〟です。ヤマハのAIは人と共創するAIなのだというスタンスを、これからもしっかり世の中に訴求していきたいと思います。

嘉根林太郎(かね・りんたろう)
2011年ヤマハ入社後、鍵盤楽器の国内販売、海外営業を経て、現在、プロダクトマーケティングやヤマハブランドキャンペーンを担当。これまで、エレキギターの新ブランド「Revstar」をはじめ、音楽のちからで社会課題解決を目指したコロンビアでの「I'm a HERO Program」ほか、SXSWでの「Duet with YOO」などを手掛けた。

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